8月21日(土)より岩波ホールにて公開
Introduction
愛ゆえにすれ違う、一組の夫婦の喪失と再生の物語
内モンゴルに広がるフルンボイル草原に暮らす一組の夫婦。夫のチョクトは都会での生活を望んでいるが、妻のサロールは今の暮らしに満足している。ここではないどこかへ思いを巡らせ、ふらりといなくなるチョクトに腹を立てながらも、彼を愛するサロール。どこまでも続く大地、空を流れる白い雲。羊は群れをなし、馬が草原を駆けぬける。しかし、自由なはずの草原の暮らしにも少しずつ変化が訪れ、徐々に二人の気持ちがすれ違いはじめる。そして、ある冬の夜、二人は大きな喪失を経験する。その日を境に、サロールと草原で生きる覚悟を決めたチョクトだったが…。
愛する人と生きていきたい、ただそれだけのことがうまくいかない不器用でまっすぐな夫婦を演じるのは、ともに遊牧民の家庭で生まれ育った俳優のジリムトゥと歌手のタナ。草原と都会、二つの異なる世界を知る二人が、遊牧民としてのアイデンティティと現代的な価値観の間で揺らぐ若い夫婦の心の機微を繊細に捉え、圧倒的な自然の中で生きてきた人間のたくましさと、強い存在感を放っている。
北京電影学院の教授も務める中国エンターテイメント映画の俊英ワン・ルイ監督が、内モンゴル出身の作家・漠月(モー・ユエ)の小説「放羊的女人」を原作に10年の歳月をかけて映画化。草原の生活の質感と四季の美しさにこだわり、内モンゴル出身の俳優やスタッフたちとともに、モンゴル語で挑んだ本作は中国映画に新たな可能性と多様性を提示し、中国最大の映画祭である金鶏奨で最優秀監督賞を、東京国際映画祭では最優秀芸術貢献賞を受賞するなど、高い評価を得ている。ワン監督が、自身の過去の痛みに向き合い、亡き妻に捧げた夫婦の愛の物語。
Director's
Comment
「⼤地と⽩い雲」はお互いに異なる希望を持ちながら内モンゴルに暮らす、チョクトとサロールという平凡な夫婦の⽣活に起こるジレンマを描いた物語です。妻のサロールは夫であるチョクトと共にずっと草原で暮らしていくことを望んでいます。⼀⽅で、チョクトは遊牧⺠であることを誇りに思っていますが、その伝統が崩れてきている中で、⽺飼いとして、また夫としてこれまでのような役割を果たすことが難しいと思い始めているのです。このように、個⼈的な幸せの追求と、社会的な属性が調和せず、対⽴する背景には、社会が引き起こした⽣活様式と⽂化的な価値観の急速な変化に遊牧⺠が適応できていないことを⽰しています。

この映画では、⾃然でリアリティーのあるスタイルを貫きたいと思っていました。⽬新しさや上辺だけではなく、草原と遊牧⺠たちの⽇々の暮らし、その美しさこそがこの映画の基調となるようにしたかったのです。ある平凡な遊牧⺠の夫婦の別れと再会の物語を通じて、彼らの追求⼼や潜在的な考え、また変化する環境の中で⽣きている現代の遊牧⺠が経験するジレンマを映し出しているのです。
Director
監督:ワン・ルイ王瑞
1962年12月生まれ。1985年北京電影学院監督科に入学。中国の“第六世代監督”と呼ばれるワン・シャオシュアイ、ロウ・イエ、ル・シュエチャンらと同学年。1989年卒業後、現在まで指導者として学校に残ることを選び、中国映画界のために多くの専門的才能を送り出し、教え子が全国至る所にいる。中国監督協会会員、中国テレビドラマ監督委員会会員。監督代表作には本作「大地と白い雲」、「離婚のあとに」(96)、「冬日細語」(02)、テレビドラマ「超越情感」(01)等がある。2020年、「大地と白い雲」で第33回中国映画金鶏奨最優秀監督賞を受賞。これは中国においての監督賞として最高の賞であり、彼の実力を十分に示している。
書道にも優れており「大地と白い雲」の中国版ポスターのタイトルは彼が自ら筆で書いたものである。漢族として、今回、モンゴルの草原を背景にした物語を創作しているが、彼自身が草原や草原に住む人々に対して特別な感情を抱いており、乗馬も趣味の一つである。


Cast
ポリチハン・ジリムトゥチョクト役
1982年、内モンゴル自治区ポトウ市ダマオチ生まれ。デデマ芸術学院卒業後、草原で牛や羊の世話をして暮らしていたが、演技を学ぶためにフランスに留学する。2006年に私立の演劇学校であるクール・フローランに入り、その後、パリ大学映画科で学ぶ。遊牧民族の子孫として、今でも撮影のない日には内モンゴルの家まで戻り、大草原で放牧をする生活を続けている。作品の中で見られる野生の馬をカウボーイの様に縄で捕まえるパフォーマンスは、幼い頃から乗馬に慣れ親しんだ、ジリムトゥにとって造作のないものだった。映画「大地と白い雲」は彼にとって主演第一作目の作品であり、映画の中での素朴で生き生きとした彼の演技は各所から高く評価されている。
フィルモグラフィー
「大地と白い雲」(2019年),「铁木真传说」(2016年),「上海-美丽城」(2011年),「モンゴル」(2007年)
タナサロール役
1992年、内モンゴル自治区シリンゴル盟 東ウジムチン旗出身。モンゴル国立文化芸術大学卒業。元々は、タナはモンゴル民謡の歌手であり、彼女の歌の才能も本作の中で十分に発揮された。彼女は今までいくつかの映画に出演しているが、専門的な演技の訓練を受けていない。本作「大地と白い雲」は彼女にとって主演第一作目の作品であり、本作でモンゴル族の女性が持つ、太陽のような明るさと、堅実さを見事にスクリーンに映し出した。
フィルモグラフィー
「大地と白い雲」(2019年),「片警宝音」(2018年),「诺日吉玛」(2014年)
Interview
第32回東京国際映画祭公式インタビューはこちらのサイトにてご覧いただけます。
Comment
昔、毎年のように行って草原に寝転んで見上げていたモンゴルのでっかい空と、食べたらうまそうな白い雲を、この映画でたっぷり全身で眺め、モンゴルでの日々を思い出していた。ちょっと危なっかしい若い夫婦の、だいぶ変わりつつある遊牧民の日々と、いまだに真面目な羊たちとの今の生活を心配しつつ、モンゴルの新しい息吹として、そっくり受け止めることが出来ました。
椎名誠
作家
草原を、放牧の羊の群れが行く。青空の下、大地に一筋刻まれた道路を、モーターバイクが疾駆し、時折トラックが通る。土砂降りの雨には濡れるしかなく、吹雪の日に暖を取るにも家畜の糞を燃やしたストーブだけだが、空は広く、心豊かで幸せな日々だ。牛の乳を搾りヨーグルトやチーズを作る妻はこの暮らしを大事に守りたいが、夫は街の暮らしに憧れる。すれ違う心は、現代社会を提示してもいるようだ。美しい旋律の民謡が、切なく胸に響く。
渡辺一枝
作家
じっとしてられない夫の苦悩の中に、本当の遊牧民の血が騒いでいる、と思いました。彼の悩みは、遊牧の生活か、都市の暮らしかの迷いではなく、数百年変わらない遊牧民の暮らしがどんどん変わって行く、その寂しさなんですね。嘘のない本当の愛が伝わってくる素敵な映画でした。何度でも見たくなる!
加藤登紀子
歌手
人は誰しも自分の住む世界とは別の世界に憧れる。内モンゴルの素晴らしい大草原の中に暮らすチョクトは町に恋い焦がれ、それを見るせせこましい都市生活者の私は「もったいない」と思う。結局、別の世界を夢みる者を押しとどめることは難しい。できるとしたら、方法は二つしかないのではないか。一つは旅をすること、もう一つは本や映画を通じて別の世界を見聞すること。そう、面白いことにこの映画は「映画を観る醍醐味」を再確認させてくれるのだ。
高野秀行
ノンフィクション作家
なんとも凛々しく颯爽とした馬上の男に心を奪われる。美しい歌声で日々の暮らしを紡いでいく女に心から憧れる。変化を求める男とそれを理解できない女。頑固なふたりに落としどころはあるのか。ふたりが大好きだからふたりの間で右往左往する親友と一緒に一喜一憂してしまった。モンゴルの雄大な自然を背景に、わたしたちにも身近な人間模様。
永千絵
映画エッセイスト
Credit
監督:ワン・ルイ(王瑞)
脚本:チェン・ピン(陈枰)
原作:「羊飼いの女」漠月
出演:ジリムトゥ、タナ、ゲリルナスン、イリチ、チナリトゥ、ハスチチゲ

2019年/中国映画/中国語・モンゴル語/111分/原題:白云之下
字幕:樋口裕子/字幕監修:山越康裕
配給:ハーク 配給協力:EACH TIME
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