19世紀フランスの文壇を代表する文豪のひとり、オノレ・ド・バルザック。社会を俯瞰し、そのなかで翻弄されるさまざまな人間像を冷徹に描く彼が、44歳で書き上げた「人間喜劇」の一編、『幻滅——メディア戦記』を映画化した本作は、200年も前の物語とは思えないほど、現代と酷似したメディアの状況を鋭利に描いた、社会派人間ドラマだ。メガホンを握ったのは、『偉大なるマルグリット』(15)『情痴 アヴァンチュール』(05)等で知られ、バルザックの原作を学生時代から映画化したいと望んでいたグザヴィエ・ジャノリ監督。念願の本作で、フランスのアカデミー賞と言われるセザール賞において、作品賞、最優秀助演男優賞(ヴァンサン・ラコスト)、有望新人男優賞(バンジャマン・ヴォワザン)を含む最多7冠を受賞した。
生き馬の目を抜くようなパリの都とマスメディアの世界。ジャノリ監督は、そんな現代的とも言える要素を強調しながら、風刺に富んだ、極上のエンターテインメントを創り上げた。
本作の醍醐味を支えているのが、フランス国内外の実力派俳優を集めた魅力的なキャスト陣である。主演のリュシアンを演じるのは、フランソワ・オゾンの『Summer of 85』で日本でも大きな注目を浴びたバンジャマン・ヴォワザン。オゾン作品とは打って変わり、初のコスチューム劇で、純粋な青年が野心と欲望に惑わされ堕落していく過程を見事に演じきった。
リュシアンの先輩格として彼を教育していく、シニカルで世渡りの巧いジャーナリストを演じるのは、『アマンダと僕』の演技が印象的な、ドラマからコメディまで多彩な演技を披露しフランスで人気を誇るヴァンサン・ラコスト。私欲にまみれた人々のなかで唯一、誠実にリュシアンを見守る作家のナタン役は、子役からキャリアを築き、監督としても世界的な人気を誇るグザヴィエ・ドラン。またリュシアンが純粋な愛を捧げたルイーズには、『ヒア アフター』『少年と自転車』『愛する人に伝える言葉』など、国際的な活躍で知られるセシル・ド・フランス。コラリー役には、新星サロメ・ドゥワルスが抜擢された。さらに彼らを固める脇役に、フランスの国民的スター、ジェラール・ドパルデュー、ジャンヌ・バリバー、本作が遺作となったジャン=フランソワ・ステヴナンら、なんとも豪華な面子が並んだ。
彼らの火花散る共演は、物語のスピーディな展開とともにエネルギッシュな魅力となって観客を牽引する。
当時は、文献やヴィジュアル資料、マルクス主義批評の研究書、あるいは逆に反動主義の耽美派批評の研究書などを読みふけっていました。バルザックは、あらゆる流派の批評家から研究対象にされています。そうして気が付くと、いつの日か『幻滅』を映画化したいという気持ちを抱くようになっていました。ただし、小説の挿絵に色をつけ、ストーリーを不器用にまねた学術的な映画にする気はさらさらありませんでした。芸術は自らが燃やしたものを糧にします。映画とは本来、現実や書物の変形です。そうでなければ、何の意味があるでしょう。