学校生活を送りたい、それさえもままならない 17歳のトランスジェンダー、ヴァレンティナの痛みと希望の物語
ただ、私として生きる
2022年1月28日(金) 新宿ピカデリーほか全国順次公開
偽りの数だけ涙がある。本当の想いの強さだけ鎧がある。泣き方を忘れてしまった17歳の冬 ——。
LGBTQの権利保障に前向きに動き、同性婚も認められているブラジル。その一方、トランスジェンダーの中途退学率は82%、そして平均寿命は35歳と言われている。いまだ根強く残る差別による事件の数々。トランスジェンダーの少女が、ただ自分自身として学校生活を送りたいというごくシンプルな望みすら実現することの難しさをリアルに描き、自分の居場所を探し、あるがままでいることの力強さを描いた本作。

ヴァレンティナ役は自身もトランスジェンダーであり、著名なYouTuberでインスタグラマーとしても活躍中のティエッサ・ウィンバックが演じる。監督はショートショートフィルムフェスティバル&アジア2009でオーディエンス・アワードを受賞した『秘密の学校』(08)のカッシオ・ペレイラ・ドス・サントス。苦しい状況の中でも若いトランスジェンダーたちにとって希望のある物語を贈りたいという監督の想いから生まれた、未来に捧げる一作。
このプロジェクトの始まり
監督のカッシオとプロデューサーのエリカがこのプロジェクトを始めたのは、まだトランスジェンダーに関する映画が出始めだした2013年のことだった。1本目の長編監督作でありプロデュース作でもあるこの作品の出資を募るまで数年が掛かった。2019年5月に撮影を開始。カッシオとエリカ自身もLGBTQであり彼らがトランスジェンダーを映画のテーマとしたのは、このような人物たちが社会においてもっと認識されるべきだという望みからであった。保守的な社会の中で、特に極右政権が国を司る地球の裏側のブラジルで、カッシオはこの映画によって観客たちが繋がり、インクルージョンとリスペクトという今まさに必要な議論に貢献してほしいと思ったのだ。『私はヴァレンティナ』は十代、そして若い世代のために作った映画である。
嘘だらけの青春はいらない——。
ブラジルの小さな街に引っ越してきた17歳のヴァレンティナ。彼女は出生届の名であるラウルではなく、通称名で学校に通う手続きのため蒸発した父を探している。未だ恋を知らないゲイのジュリオ、未婚の母のアマンダなど新しい友人や新生活にも慣れてきたが、自身がトランスジェンダーであることを伏せて暮らしていた。そんな中、参加した年越しパーティーで見知らぬ男性に襲われる事件が起きる。それをきっかけにSNSでのネットいじめや、匿名の脅迫、暴力沙汰など様々な危険が襲い掛かるのだった…。
ティエッサ・ウィンバック
Thiessa Woinbackk
ヴァレンティナ
ブラジルのカタラン生まれのトランスジェンダー女性。生物学を専攻し、地元の劇団で3年間役者として演じた経験をもつ。現在はサンパウロ州在住で77万人の登録者がいるYouTubeチャンネル「Thiessa」を運営している。またLGBTQティーンエージャーたちが自分を受け入れるための重要性を啓蒙するためのビデオを配信するなど、トランスたちの権利を守る活動家としても活躍。本作はティエッサの映画デビュー作となる。
グタ・ストレッサー
Guta Stresser
マルシア
13歳からブラジル南部クリチバの劇場で役者としてのキャリアをスタート。ブラジルのTV、映画、演劇など幅広く活躍する女優である。ブラジルで人気のシットコム「A Grande Família」に出演し一躍その名が知られる。その他代表作の映画にエイトール・ダリア監督の『Nina』(04)などがある。
ロナルド・バナフロ
Ronaldo Bonafro
ジュリオ
サンパウロ州のリベイラン・プレトにある劇場で演劇を始め、2つの学校で批評と演劇を学んだ。現在22歳、UFU (ウベルランジア州立大学)で演劇を専攻している大学生。
レティシア・フランコ
Letícia Franco
アマンダ
学校でアマチュアとして演技経験はあるものの、本作が初の演技となる。常に演技に興味があったフランコは『私はヴァレンティナ』のスタッフたちがUFUでキャストを探していたところスカウトされた。現在22歳、同大学でデザインを専攻している。まさか自分が映画に出演するとは夢にも思っていなかったというフランコは、本作に出演したことを自分の人生において素晴らしい経験となったと語る。
ロムロ・ブラガ
Rômulo Braga
レナト
ブラジリア市で生まれる。幼い頃はミナスジェライス州のベロオリゾンテで家族と暮らした。10代の頃に学校の教員の勧めで演技を始める。マルチェロ・サンティアゴ監督の『Sonhos e Desejos』(06)で映画デビュー。カンヌ国際映画祭、ベルリン国際映画祭でも上映されたサンドラ・コグ監督の『Mutum』(07)で注目を浴びた。また、リーリオ・フェレイラ監督作『Sangue Azul』(14)ではリオ映画祭で最優秀助演男優賞を受賞した。
ペドロ・ディニス
Pedro Diniz
マルコン
本作のリサーチャーであり、脚本のコンサルタント。26歳のトランス役者である。ミナスジェライス州で生まれ育ち、大学では広告を専攻。現在はデータアナリストとしてブラジリアで暮らす。ソーシャルネットワーク上での行動研究に興味をもつ以前、映画に大きな情熱をもっていた。本作の脚本のリサーチャーとして参加していたが、監督であるカッシオとの縁で『私はヴァレンティナ』に出演することに。ディニズにとって本作に出演したことは「まるで短い夢の中にいたようだ」と話す。
監督・脚本
カッシオ・ペレイラ・ドス・サントス
1980年パトス・デ・ミナス生まれ、クルゼイロ・ダ・フォルタレーザにルーツをもつ。サントスはブラジリア大学にて映画を専攻し、在学中にフィクションやドキュメンタリーなどを手掛けた。2003年に大学を卒業後、『秘密の学校』(08)、『マリーナの海』(14)などを含む8本の短編映画を手掛けた。『秘密の学校』はショートショートフィルムフェスティバル&アジア2009でオーディエンス・アワードを受賞。ワルシャワ映画祭、サンパウロ国際映画祭ほか世界各国の映画祭で70以上の賞を短編映画で受賞している。脚本家としてはブラジリアンテレビの「Guigo Offline」などを手掛けた。長編映画としては初監督作品となる『私はヴァレンティナ』は世界各国の映画祭で上映され、14にも及ぶ賞を受賞した。現在長編2作目を準備中である。
プロデューサー・キャスティングディレクター
エリカ・ペレイラ・ドス・サントス
エリカ・ペレイラ・ドス・サントスはブラジリアシティのドゥルシーナ・デ・モラエス芸術大学で演劇を専攻した、短編・長編を含む数々の映画のプロデュースや、アシスタント・ディレクターとして活躍する。プロデュース作には『秘密の学校』(08)、『マリーナの海』(14)や自身の弟であるカッシオ・ペレイラ・ドス・サントスの短編映画などがある。またプロダクションに参加した作品としてレナ・サンパイオ監督の「Faroeste Caboclo」などがある。
監督・脚本:カッシオ・ペレイラ・ドス・サントス
出演:ティエッサ・ウィンバック、グタ・ストレッサー、ロムロ・ブラガ、ロナルド・ボナフロ、マリア・デ・マリア、ペドロ・ディニス

配給:ハーク 配給協力:イーチタイム 後援:ブラジル大使館【2020年/ブラジル映画/ポルトガル語/95分/スコープサイズ/カラー】 
男子として入学試験を受け、男子として入学した大学。
そこで通称名が認められなかったときの絶望と不安、
それでも私を受け入れようとしてくれた友人たちの温かさを思い出した。
トランスジェンダーの平均寿命35歳の国で堂々と真実を描いた製作者たちに大きな拍手を送りたい。
飯塚花笑
映画監督
トランスジェンダーである、という理由だけで暴力を受け、
殺害されている世界の現実。
中でもその割合が最も多い国のひとつと言われるブラジル。
家族や友人との関係性など当事者の苦悩を描きながらも、最後には希望が見える。
僕自身、勇気をもらいました。
是非皆さんにご覧いただきたい作品です。
杉山文野
NPO法人 東京レインボープライド 共同代表理事
思わず "目を背けたくなる"ような、
女性でありトランスジェンダーである10代の若者が経験する暴力の実態。
この映画が訴えるのは、いま "目を背けるという選択"ができる側の人たちが、
どう味方として行動できるかだ。
松岡宗嗣
ライター/一般社団法人fair代表理事